薪ストーブと原発の共通点

薪ストーブと原発の共通点は、いくつかある。
実験用の原子炉の炉内
(青い光は放射線が水の中を通過する時に出る)
薪ストーブの炉内
(青い炎は高温で良好な燃焼をしている時に出る)
・炉の中の燃料から熱を得る
・使用の段階で見た目上の二酸化炭素排出量を増やさない
・燃焼後に灰を出す
・緊急停止できない
同じような性質を持っているけれども、大きく違うことがある。
まず燃料に関して薪ストーブはその気になれば自分で調達できるけれども、核燃料はそういうわけにいかない。
薪を燃やした時に発生する二酸化炭素は、その燃料となる木が生長する過程で大気中から光合成で吸い取った分を元に戻すだけなので、二酸化炭素を増やしていないのだ。もちろん、薪を作るためにチェーンソーを使ったり、運搬のために車を使ったりする時に化石燃料を使っているけど、暖房に要するエネルギーと比較したら極めて小さいものだし、他の暖房手段でも精製や運搬のために化石燃料を使っていることは同じだ。
核燃料の場合にも核分裂や核融合の際に全く二酸化炭素を出さないけれども、燃料を精製する過程において莫大な化石燃料のエネルギーを使っている。しかもその際にも高レベルの放射性廃棄物を出している。これは決して無視できないものだろう。
薪ストーブは木の灰を出して肥料に使えたりと全く無害だけど、核燃料は死の灰を出してその放射能がなくなるまでに数千年を要し、処理の目処は全く見えていない。ちなみに、この使用済み燃料の放射線量は、その表面の位置に人間がいた場合、100%の人が死亡するとされている放射線量(約7Sv(シーベルト))をわずか20秒弱で浴びてしまうレベル(約1,500Sv/h)だ。現在は「とりあえず」とプールの中で冷却している使用済み燃料(死の灰)だ。最終的には地中深くに埋めるしかないのだろうけど、その受け入れ先があるのだろうか?
大地震などの万一の際に緊急停止できない点でも同じだけど、事故の際の被害の規模が桁違いであることも言うまでもないだろう。
こういう現実を考えると、原発を継続するのはいかに恐ろしいことかと理解できる。
しかし利権が絡んでいるのでマスコミもあまり厳しく東電を叩けないのだ。スポンサーには背けないから当然だ。「電気が足りないから計画停電」とか「放射能はそれほど危険ではない(ただちに健康被害はない)」などの洗脳も順調に進んでいるようで「原発もやむをえない」という世論が着々と作られようとしている。本当は原発がなくても電力はまかなえるのだ。
節電に関して言えば、真夏のピーク時にだけエアコンをつけなければ全く問題ない。そのように「国民にお願い」するのも良い方法だと思う。夜間や休日にまで及ぶ節電強要ムードを作るという非合理なことをしないで、現実的な対策方法を告知した方が良いのに、それをしないことも不思議だ。あるいは国民の良心に頼らず、市場原理の法則で強制的にやるならば「真夏の13時から15時とかのピーク時にだけ電気料金を10倍にする」などでも電力需要の集中はかなり解消するようになるだろう。
管首相が「今後は原発を縮小して自然エネルギーを増やしていく」と宣言した直後に袋叩きになって辞めさせる議論が勃発していることからも、いかに原発を継続させる勢力が絶大な権力を持っているのかが推測できる。災害対策では使えない首相だということが露呈したけど、この点だけは評価できる。辞めさせたら、原発推進派の思うままとなるだろう。本来であれば、今は議員の椅子取り合戦をしている時ではないはずだ。

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